2006年05月15日

『デスノート』page108の感想

 今週の『デスノート』はpage108『完』だったにゃん。

  

<月が死んで1年後。世界は元の様を取り戻しつつあった。そんな中、ニアはLに。ロジャーはワタリに。相沢は次長に。それぞれ活躍していた。しかし、キラは死すともキラの意思は残る。キラ信者は未だ健在。彼等はキラの復活を祈り続けるのであった>

 『デスノート』第2部・松田エンド 終わり。

 とりあえず、つぐみのやりたかったことは先週までに描いたと思われたので、最後はどう纏めるのかと興味津々だったにゃんが、まさか松田エンドとは思わなかったにゃんよ。つぐみの好きなキャラクターに松田がいることは、当初から言われていたにゃんが、ペラペラとよく喋ったにゃーというか。

 死=無である以上、幽霊状態の月が登場したり、死神大王が登場したり、リュークが死神界であれこれと感想を言ったりといった展開はないと思っていたにゃんが、松田エンドとはねぇ……。

 ただミサを完全にスルーしているのはちょっと。月の家族については、まぁ想像できる範疇なのでスルーもありかもしれないにゃんが、ミサスルーはどうかと思うにゃー。人物の重要度で言えば月、リューク、L、ニア、メロクラスの位置にはある筈にゃんよ。そのミサをスルー。スルーされた以上は死亡したか、監禁されているか、記憶ないから無害ということで解放されているかを想像するしかないにゃんが、作中で一つも触れていないのは違和感あり。想像の余地を残す為という理由だけでは通らず。



 でもって、事の真相については、どうやら松田の推理通りみたいにゃんね。作中では「読者の判断にお任せします」的な纏め方にしているにゃんが、つぐみの中ではニアが照を操ったということになってそう。発狂死って死因も意味不明にゃんし。むしろその方が自然。ただそう確定させてしまうと、月を堕ちさせたあのラストが弱くなってしまうので、ボかしたといったところかにゃー。ニアがノートを使うということは、ニアの完全勝利を薄めることになるにゃんからね。



 最後にキラ信者が祈っていたのは、キラ死すともキラの意思は現世に残ったということを言いたかったのか。キラ信者にとって、キラは神。つぐみは結局、作中でキラを否定したにゃんが、キラの存在を肯定することもありだろうと。この辺りは肯定とか否定とかは意味を成さないのかもしれないにゃん。ある意味、月は神になれたと。ま、この辺りは想像の余地が盛り沢山なのでなんとも言えないところにゃんね。どれが正解というのは恐らくないと思うにゃん。


 しかしまぁ、改めて言うのも難だが、2部は蛇足だったにゃー。『デスノート』で初めて違和感を感じたのはミサ登場の頃だったにゃんが、その時はうまく乗り切っていたにゃんよ。ヨツバ編も同様で、最初は単調に思えたにゃんが、終わってみると長期に渡る伏線を見事に回収し納得できるエンドだったにゃん。問題はその後。Lの死辺り。

 第1部の最後にLが死んでしまったのは、当時のつぐみのインタビューによれば「様々な選択肢の中で、彼に死んで貰うことが最良の展開に繋がるから」みたいなことを言っていたにゃんが、どうやらそれは失敗だったみたいにゃー。

 勿論、Lが死んでしまったことにより神格化されているというのはあるにゃん。あのまま生きていたとしても、月同様に劣化していたかもしれない。だから、Lを生かしておけばこんなことにはならなかったということは言えないしれない。Lが生きていたとしても、あの後の展開は詰まらなくなっていたかもしれない。

 ただそれなら、Lを殺すのであれば、月対Lという路線は2部では敬承するべきではなかった。そのLの意思を継ぐニアは、Lを超えられないキャラ。第1部では、月とLと二人のキャラクターが立っていたにゃんが、第2部では月のみが主張していた感じ。これでは何が何やら。第2部でも月対Lをやっていたのにも関わらず、ニアのキャラクターは立っていない。立っていないというか、むしろ敢えて立てていないようにも感じたにゃん。

 これはLとの差別化を意識しているのかもしれないにゃんが、それだったら月対Lという背景も清算する必要があった。

 結局のところ、矛盾点が多くなってしまったわけで、どうにもこうにもI can notということになってしまったにゃん。

 ただ当初は本当に面白かったにゃんよ。「死の本を巡る天才月と名探偵Lの対決」なんて、あらすじを書くだけではちーっっっとも面白くない素材をスリルとサスペンスとトリックでここまで面白くできるものかと唸らされたにゃん。

 それに加えて、答えの出すことが難しい「悪いヤツを消すのは悪なのか?」「死んだらどうなるのか?」といった命題に取り組んでいたことも立派。↑こういうのは普通なら在り来たりというか、チープすぎて興味にならないにゃんが、『デスノート』の作者大場つぐみなら、何か凄い答えを用意してくれるのではないか、とそんな気持ちにさせられたにゃん。

 しかし、その答えを作中で出すことはなく。勿論、作中では前者が「悪」、後者が「無」と解答されていたにゃんが、どうにも投げ出したっぽい感じは否めないにゃんね(笑)

 特に後者に関しては大仰に、リュークに月を煽らせておきながら、「何をしようが死んだら無になる」って。しかも、後付け回想で。



 これはとどのつまり、つぐみ逃げたにゃーと。考えがまとまらなかったにゃーと。

 ………………。
 …………。
 ……。

 今となってはわからないにゃんが、つぐみの描いていた『デスノート』というのはどういうものだったにゃんかねぇ……。ジャンプで連載を始める以上は、ある程度は長期に連載するということを意識してストーリーを考えるものではないのかにゃーと思うにゃんが、つぐみは違ったのか。

 その前提があったからこそ感じていた面白さ、というのもあるにゃんよ。無駄に話の展開を広げず、登場人物も増やさず。どう考えても1~2年で話終わってしまうのではないかという密度。ディティール。しかし、ジャンプで連載する以上はストーリーを長くする為の仕掛けをしている筈。そう思っていたのに……実際に終わってしまったわけで(笑)。最初から長く続ける気はなかったのかにゃあ……。この終わり方で納得しているのかにゃあ……。

 まっ、それでもなんだかんだ言っても、にゃおーにとって『デスノート』は傑作であったにゃんよ。尻つぼみではあったにゃんが、それでも楽しかった。だからこそ、こうやって感想を書き続けられたにゃん。こうやって感想を書き続けられるパワーを与えられるということがどれだけ凄いか。

 そんなこんなで、長い間ありがとうございましたにゃん。

 またいつの日かお会いしましょう。

 セピアメモリー終わり。



  

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» しかし同時期連載の銀魂のほうが長生きするとは。これは意外。

  • 2006年05月16日 01:21
  • from Le mouvement premier

今日の週間少年ジャンプで「DEATH NOTE」が終了しちゃいましたね。2、3週 [続きを読む]