2006年06月25日

Google AdSenseの導入について

 というわけで、Google AdSenseを導入してみたにゃん。

 Google AdSenseとは?  クリック保証型の広告。そのレートは広告のジャンルや時期によって異なるが、高いパフォーマンスを期待できるので人気が高い。

 かつて広告といえばバリュークリックで、厳しい審査、でかいバナー、サイト内容と合わない広告と微妙な存在だったにゃんが、時代は進歩したものにゃんね。Google AdSenseでは自由にサイズを選ぶことができ、イメージ広告かテキスト広告かも選べるにゃん。しかも、サイトの内容に合った広告を自動で表示してくれるという優れもの。

 自分のサイトにどんな広告が表示されるのか? というのも面白さの一つで、この『セピアメモリー』に関してはやはりゲーム、ネット関連広告が多いみたいにゃんね。ただし、以前に『特殊清掃』のブログを紹介したときに掃除関連の広告が表示されるなど、微妙な判定をしてくれることもあるわけで。この辺りは最新のロボットエンジンとはいえ、限界があるみたいにゃん。というか、ダスキンさんごめんなさい。

 その他には広告サイトとして相応しくないNGワードが含まれていると、公共サービス広告(クリックしても0円)が表示されたり、広告のアクセス解析みたいなものがあったり。ぶっちゃけ、これはこれで遊べるというか。いろいろと面白かったにゃんよ。

 さて。
 そんなこんなで本題に入るにゃん。なぜ広告掲載に踏み切ったのか、という話。

 にゃおーはウェブ広告に関しては、完全に否定派だったにゃんよ。なぜかと言われると「当時はその主張が硬派で格好良かったから」にゃん。

 この辺りね。20世紀の個人サイト界全般にそういう空気があったにゃん。「サイトが重くなるので広告バナーは載せない」「アクセス数はあるけど、サイトは趣味でやっているから、デザインが壊れるから広告は載せない」「広告を載せませんか? というメールが良く来るけど載せませんから」「お金を稼ぐ為にサイトをやっているわけではないから載せない」 ま、サイトが重くなるからというのがいかにもテレホーダイ世代っぽいにゃんけどね。

 で、それを見たにゃおーは「格好良い」と思ったにゃんよ。そうそう、趣味でやっているのだから、お金なんていらないんだと。お金が欲しいなら働けば良い。広告バナーをサイトに載せることは矜持に反する。魂をお金で売ったみたいな不快感。そんな思考回路わけだったにゃん。

 しかしね。21世紀になると、そういう風に言っていた人達がこぞって広告バナーを載せるようになったにゃんよ(笑) 「確定申告してきまーす」とか。もうね。20世紀の主張なんてなかった感じ。「ADSLが普及したので、サイトが重くなる心配はないと思うので実験的に広告を載せてみます」「お金をテーマにするので、実験的に広告を載せてみます」「プライドを捨てて実験的に広告掲載。よろしくお願いします」みたいな。オイオイオイオイ、にゃんよ。

 「実験的に」と枕詞を付けたのが免罪符のつもりなのか。当時、格好良く主張していたのは何だったのかにゃー、とにゃおーは思ったにゃん。だからより一層、ウェブ広告に関しては冷徹な目で見るようになったにゃん。

 その後は……そうそう。よくある主張「モチベーションの維持」。サイトをタダで更新して楽しませているのだから、何か実になるものが欲しい、みたいな主張の登場。ここで主従関係の逆転が発生したというわけにゃん(笑)。

 最初はサイト管理人が閲覧者に見て貰う為に更新していた筈が、閲覧者がサイト管理人の更新を期待するようになったにゃんね。だから、管理人は思う。何か実になるものが欲しいと。

 で、その後は「管理人に還元される物があれば、個人サイトの世界はもっと盛り上がる。だから広告万歳」という思想が浸透していったわけにゃん。

 これは一連の流れを知っているとキツイ。永田議員風に言えば「お金で魂を売った」という風に解釈できないこともないにゃん。

 「最初は閲覧者を楽しませたいという奉仕の心」→「楽しませる喜びが報酬」→「しかし飽きる」→「だが閲覧者は期待する」→「楽しませるから何か欲しいと思う管理人」→「お金欲しい」→「違和感を覚える閲覧者」

 というわけで、ウェブ広告というのは嫌われるのだと思うにゃん。

 最初から広告万歳のナショナリズムがあれば、こんな葛藤は生まれなかったにゃんよ。気になる広告があったら迷わずクリック。管理人は喜ぶし、見ている人だって喜ぶ。
 しかし、この歴史の所為で「たとえ気になる広告があったとしても、管理人の利益になるのは嫌だからクリックしない」という人がいることも確かにゃん。お金を得られないと更新のモチベーションが高まらないのなら更新なんてするな、という主張もあるにゃん。

 確かに、ただで優良コンテンツを更新している人は沢山いるにゃん。しかし、大局的な流れを見るとそれが長く続かないことは上記の通りにゃん。

 そして、にゃおーは思ったにゃんよ。今はもうそんな陰湿なことを言っている時代ではないと。ブログや掲示板が莫大なお金になる時代。過去の歴史は忘れた方が良いのではないかと。その方がリソースの有効活用と言えるのではないかと。

 要するに、ウェブ広告に関するネガティブ思考なんてのは、自分自身の中にのみ存在するにゃんよ。他に悪いことなんてない。だから、あとはそれを氷解できるか否か。

 でも、ご存じの通り、お金というのは人を狂わせるにゃん。話題としても繊細で荒れやすいものにゃん。けど、にゃおーは猫だから狂わないにゃん。

 というわけで、やっていきたいと思いますにゃん。では。

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